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見つからないのと何もないのは違う

見つからないのは、何もないのとは違います。
見つからないということは、そこに何かを探している人がいます
ホームページであれば、情報を探しているユーザーがいます
その需要に応えられていない、求める情報が存在しない状態が、見つからないということです。
でも、そこには探している人がいます

逆のパターンもあります。
情報があふれているのに、さらに同じような情報が作り出されています。
なぜそんなことをするかというと、ユーザーを奪うためです。
既存の需要を奪うために、供給過剰になっています。

Webではこの傾向が顕著で、パクリコンテンツが乱立しています。
デジタルデータはコピーが容易だからです。
しかも、一次情報を作るよりも、どこかに書いてある情報をコピーしてまとめ直したほうがコストが安く、成果が出やすくなってしまっています。
だったら、既に結果の出ているコンテンツをパクったほうがいいという話になり、検索しても金太郎飴のようにどこも同じような内容になり、しかもエビデンスはなく伝言ゲームなので誤りを含むという。

生成AIの普及は、これに拍車をかけます。
規模と仕組みこそ違いますが、やっていることの本質は同じだからです。
つまり、既存の情報を利用して、書き直したものを出力するということです。
そこには、一次情報を生み出すために必要な取材や実験は存在しません
現場、現物、現実、いずれも存在しません
それって、本当に人が探している情報なんでしょうか?

生成AIを否定しているわけではありません。
画期的な技術だと思いますし、私も生成AIを使っています。
使い方の問題です。

「誰もいない森で木が倒れたら、音はするか?」という話があります。
聞く人がいなければ、音はしないのです。
大量の情報があっても、人が探していなければ、何もないのと同じです。
情報の価値は、受け手が決めるからです。

私は、少数でも人のための情報をつくりたいと考えています。
情報とは、文章や画像に限らず、プログラムや機能を含みます
結局、最終的な相手は人なので、人が探し求めるものをつくるのが自分の役割だと捉えています。